今のところ『湖愁』の音源を入手するには

11月15日、『国民的名曲のすべて ふるさとの歌謡曲』(日本コロンビア)を聴く。コロンビアからの編集盤なのにビクター専属だった松島アキラの『湖愁』が収録された珍盤。NHKのラジオ深夜便で『湖愁』が一度流れて以来耳に残っていた私は上野の有名な演歌専門店、アメ横リズムを訪ねた。演歌の小林こと店主の小林和彦氏は店の経営以外にプロデュース業やローカル局の歌番組の司会もこなす業界通。その日は松島アキラの近況など聞かせていただいた。遊び仲間でもある松島アキラは現在体調を崩して療養中であること、ビクターから小さなレコード会社に移籍したこと、そのため代表曲の『湖愁』が現在入手困難なこと、少し前も深夜便を聴いて『湖愁』を買い求めに来たお客がいたことなど。そして今のところ『湖愁』の音源を入手するにはコロンビアの編集盤を予約注文する以外ないとのことで演歌の小林にこれだけしゃべらせてしまっただけでも恐縮していた私はそのようにさせていただいた。『湖愁』は水原弘の『黒い花びら』に似た印象のビート歌謡。深夜便で初めて聴いたときはダークな曲調が新東宝の怪奇映画を思わせるようで鳥肌が立った。アメ横リズムには小さな会社に移籍してからの松島アキラの新曲も置いてあったがジャケ写が四十代くらいにしか見えない。「まだこんなにお若いんですか?」と聞くと演歌の小林は伏目がちに「ウン、これはまァ昔の写真をね」と答えた。最新作のジャケ写に30年くらい前のポートレイトを使って本人は病気療養中といえばジョニー大倉と同じではないか。「歌」に呼び寄せられてしまったのかと私は雨横リズムの店内を見回した。演歌の小林と北島三郎岡千秋吉岡治など大御所たちとのツーショットの中にはピーター・バラカンとの写真までが。友だちだから何でも聞いてよといった様子の演歌の小林にもっと松島アキラのことを詳しく聞くことを私はためらった。そっとしておこうと。最新作のジャケ写の四十代くらいの松島アキラは三田明を少し時代劇俳優寄りに老けさせた感じでガンガン遊んでそう。本人は『湖愁』の頃より今の自分よりこの年齢の自分が一番好きなのだろう。編集盤の一曲目は北原謙二の『ふるさとのはなしをしよう』でこれも深夜便がらみで最近になってヒットした埋もれた名曲。続く二曲目の『湖愁』のダークで物悲しい世界には一端足を踏み入れたならもう簡単には抜け出せない魔が潜んでいるような。それでもついつい怖いもの見たさで雨横リズムまで呼び寄せられてしまった私同様の先客のことが無性に気になったが。