試しに聴く者は皆店長止まりである

神保町のヴィレバン向いにあるジャニスという中古盤屋にフラリ町田町蔵+北澤組の『駐車場のヨハネ』が1500円なのですかさず入手。これいつもこういう店で2000円前後で売ってて大概試聴盤なんだよな。94年3月24日発売、ビクター移籍第1弾と当時の音楽誌に広告されている。大槻ケンヂ菅野美穂をアシスタントにゲストとだべる日曜の朝のテレビ番組で今週のおすすめ作品として紹介されていたはず。
その頃なんですぐ買わなかったのか。いや試聴盤がこうも出回っているところを見ると身内の者も卓袱台をひっくり返したくなるほどの売れ行きだったのではと。同時期にビクターはアナーキーの旧作をまとめて9枚も再発している。つまり80年代に日本のパンクなどという得体の知れないものを広報担当させられていた当時の制作者がこの年にはひとかどの人物になっていて自信満々で名乗りを上げたのではないか。
アナーキーの再発盤は1枚だけ当時買ったはず。再発、再結成に気持ちよく賛同できるほどしゃんとした人生設計できていない割に。いや中にはいたはず。80年代に新宿ロフトアナーキーのライブで知り合ったカップルが結婚して子供を産んでファミリーで再結成ライブに親子3人モヒカンで乗り込む例もあったはず。私にも青春があったみたいな憧憬に感涙してもいいのはチャゲ&飛鳥竹内まりやのファンだけ。ギリギリ許せるのはバービーボーイズのファンだけ。パンクは駄目。パンクは同窓会に来ちゃ駄目と。
行政の話題にかぎらず自身に関しての何か決定的な評価、判断が知らないところでパタンと捺印されているということはある。94年の春とはまさにそうした年だったのだ。80年代初頭に日本のパンクが少なからず盛り上がってたので15年後にもう一度ガッツリ売るべく会社は動いたけれどビックリするくらいに売れず試聴盤の山だけが残ったと。あいつらは駄目だと。俺たちも今からでもチャゲ&飛鳥竹内まりやを売れるように精進しようと。もう連中とはかかわり持たない方がいいなと。引っ越そうと。
そのようにして見事見限られた側の立場にたって本作『駐車場のヨハネ』を聴いてみる。大槻ケンヂは聴いてごらんよ、ガツンとくるからと本作を若い視聴者におすすめしていたが。私はもしこれを三十路目前無職街道驀進中の当時聴いていたら勇気づけられたかどうか。ただ、その後もニョキニョキと続いた80年代型国産パンクの再発モノにはピタリと手を出さなくなったのは確か。もういいんだと何に対して思い知ったのか自分でわかってるのかしら。町蔵ったってもう居ねえしよう。