加瀬亮のストイックな容貌は本作に

6月6日、東劇にて『はじまりのみち』(13年松竹)を観る。監督、原恵一。映画監督、木下恵介が戦時中に発表した『陸軍』の内容が国策映画として制作意図に反すると政府に睨まれる。その後仕事を干された木下は松竹に辞表を残して郷里の浜松に引きこもる。戦火を逃れるために病身の母を浜松市の気賀から山間の多村勝坂までリアカーで夜通し17時間運んだ日のエピソードが本作のメイン。生誕100年記念映画でありながら木下恵介の出世物語ではないのだ。おそらくそのプロフィールのなかでも一番苦闘の時代だったに違いない頃にあえてピントを絞ったやり方は現代を意識したものだろう。黒澤明と並び国際的に評価された木下恵介の我人生最悪の日を演じるのは加瀬亮木下恵介にあまりというかまったく似ていないが似ている俳優でこんな話を演じればまるでモーターボート教会のCMだ。加瀬亮のストイックな容貌は本作にマッチしているし本人が木下恵介をよく知らないのも逆に成果を上げている。パンフに収録された談話のなかで加瀬亮は木下監督のイメージは『ピンク・フラミンゴ』や『ヘアスプレー』を撮ったアメリカのジョン・ウォーターズ監督の若い頃のような感じなどと怖いことを笑いまじりに語っている。加瀬亮佐野周二上原謙のような木下恵介が好んで起用した戦前戦後の二枚目スターの顔をしているような。大島渚が以前いい男は鳥の顔、いい女は鮫の顔をしていると語っていたが。加瀬亮はその鳥の顔を持っている。木下監督にあのコはイメージじゃないと嫌われないだろう自信が発言からも読みとれる。本作がラストに挿入される木下作品群の画面の迫力と本編ではパワーの差が歴然という批評もあったが。戦記ものを現在どんなに無謀な予算と労力を注いで撮ろうとしてもどこか空気の抜けたジャンク大作映画に仕上がってしまうのは必然的なことだろう。『陸軍』のパレードシーンは現在リメイクするに予算と労力だけならテレビCM級だ。が、仕出しのエキストラ一人ひとりの表情のなかにピンと張りつめたその時代の空気まではもう二度と撮れまい。どんなに俳優を緊張させてシゴキまくっても表出できない恐怖と不安を振り切って進む悲愴なパレードが『陸軍』の頃は演出できたのだ。それが分岐点になったことが木下作品の性格を決定したのだろう。最期まで温め続けた企画『戦場の固き約束』が実現していたら。それは『御法度』のような往年のファンにはどうも目を覆ってしまうジャンク大作になっていたのでは。“才能の町人”には痛く不似合いな仕事になっていたはず。