若者ならオーッホホホゥである

 暇にかまけて通わせてもらった三百人劇場の「中国映画の全貌2002」だったが私のベストワンはコレ。ジャ・ジャンクー監督、「プラットホーム」である。二年前に公開されたこの青春映画の大傑作を何故か私は見過ごしていた。今回初めて観てそれはたまげた。画面の触感とカメラワークと会話の間、シーンのつなぎと全て貫禄たっぷりの技の応酬。パンフを読むまではかつての鈴木清順のように会社側の圧力で何年も映画の現場を離れていた大御所の復帰作かと思った。が、ジャ・ジャンクーは一九七〇年生まれのまだ32歳だという。全く、ここにも怪物。

 物語は79年の冬からはじまる。七三分けにビン底メガネをかけた小室等似でも心はロックの青年ミンリャン。彼は山西省の田舎町で幼なじみの男女と文工団で活動している。文工団とは政府の援助で毛沢東の偉大さを説く舞台劇などを上演するドサ廻りの劇団のこと。日本の学生劇団同様に酒宴、ザコ寝を繰り返すうちに遊び半分でくっつき離れする男女もいる。ミンリャン達もそのような本人もこの先どうするつもりかわからないグチャグチャな男女関係の中でかろうじて友情は保っている。何と言っても若いのだ。時代が変わりこれまでの思想劇は受け入れられなくなる。団員達もそりゃそうだわなとあっさり認めパーマヘアでフラメンコを踊ってみせたり変わり身も早い。広州で一稼ぎして遊んできたと町に戻る仲間のチャンジュン。その格好が強烈。サングラスにラッパズボン。Tシャツには「保土ヶ谷超人クラブ」とか何とか意味不明の日本語がプリントしてある。英語圏の人々は日本のTシャツや看板に書いてある英語の下劣さにおののくらしい。小中学生のTシャツの胸に「なめなめ野郎」だの「やり用女」だの書かれていればそりゃおののく。「保土ヶ谷超人クラブ」はまだ可愛いほうだろう。そしておのぼり丸出しのチャンジュンの手土産はモノラルのラジカセ。路地に現われた時点でガンガンに鳴らしている。当然仲間達が群がる。そして文工団の若き男女はすすけた物置小屋へその夜集まる。裸電球の下で酒盛りの果てのディスコパーティー。音響装置はラジカセ一台。全然OK。ラジカセと物置小屋と行き場のない若者がいればそこはもうディスコである。曲はなんと「ジンギスカン」。ジョージ・ラムによる「ジンギスカン」。私はこのディスコシーンで久々に映画館でボロ泣きしてしまった。いい歌だなあか何か手すりに崩れ落ちていた。

 「ジンギスカン」には古今東西のカバーがある。が、ジンギスカンの「ジンギスカン」が本命盤とは言えまい。どれも素晴らしい。全て本命盤である。国内では5カラット(表記はファイブカラットだったか)というB級歌謡ロックバンドがカバーしていた。彼等の「ジンギスカン」の音源を持っていないがサビが印象的だった。<若者なら!>、<オーッホホホゥ!><チャンスは今!>、<アーッハハハッ!>という開いた口がふさがらない掛け合い。若者ならオーッホホホゥって。昨今流行の○○氏監修によるディスコソングコンピ盤にぜひ全曲ジンギスカンのコンピもと私は思う。その時だけは日本代表の5カラットに口火を切らせてあげたい。何せ若者ならオーッホホホゥなのだから。長渕似のあのボーカルの兄ちゃん恥ずかしかったろうなと思う。

 そしてこの物置小屋でのディスコシーンが青春映画「プラットホーム」の山頂だった。後は一気に時代の波に押し流されていく。劇団生活に疲れて去っていく者。解散寸前の文工団をヤケッパチで請け負いトラック一台で再びツアーに出る新リーダーと団員達。が、旅先で仲間が気をきかせて旅館にシケ込ませてやった団員カップルが警察に連行される。子供は政府が認めた正式な夫婦に一人が国の政策だからだ。夫婦でもないのに夫婦のマネごとをする若者にはきついお灸をすえるペッパー警部のような土地のお巡りさん。取り調べに疲れてお互いの心も離れてしまう二人。自由化が進む中で文工団の持ち芸も時代遅れになる。ダンスもエレキもバイオレンスも取り入れてみるが反響は寒い。そうした中間達と早々に別れ役所勤めをしていた元団員の婦女子が一人。今は職場の片隅で一人ポツンとラジオを聴いている。流れる音楽にふと役者時代を思い出す。誰もいないオフィスルームを舞台に見立てて静かに踊り出す。三百人劇場では演劇の公演もおこなわれるがこのシーンに鼻水をすすっていた観客には似たような過去があるのだろうか。私もやはり劇団時代を思い出した。酒盛り、したなぁ。ザコ寝、したした。乱交、してねぇ。する気もしねえと大部分の団員が思っていたのか。早く売れてる役者になって人気アイドルと電撃結婚をなどとのたまう仲間もいた。乱交は無かったが水面下でくっつき離れしてなんとなく落ち着き結婚したカップルもあった。私は当然蚊帳の外であった。今も蚊帳の外である。踊るしかないんである。一人ポツンと「ジンギスカン」を。マルコ・ポーロで。ねえマスター。