80年代の若者版『男はつらいよ』とも

615日、福谷たかし 著『レジェンド どくだみ荘伝説』(青林工藝舎)を読む。本作は漫画家、福谷たかし79年から94年まで『週刊漫画Times』に連載した大ヒット作品『独身アパートどくだみ荘』の再編集版。『どくだみ荘』は主人公、堀ヨシオが日雇い仕事で食いつなぎながら家賃一万二千円の安アパートに暮らすという当時としてはみすぼらしいが少数派とはいえない無頼の青春を描いた作品。土方で稼いで赤ちょうちんで飲む以外楽しみのないヨシオ青年に毎回なぜか朝吹ケイト似の開放的な女性が接近して飲み友達になってくれる。80年代の若者版『男はつらいよ』とも呼べる安易な展開の中での妄想シーンの濡れ場は妙に濃厚。本作の人気に火が付いたのもこの濡れ場の猥雑さにあると私は思う。が、猥雑さを売りに疾走し続けながらも富と名声に踊らされない器量は解説文に呉智英が記すように「職人的な過剰さ」がもたらすものだ。福谷たかしは商業レースに乱入して好記録を勝ち取ってしまった市井の走り屋であった。90年代から連載も途切れ始め早過ぎた死を迎えたのはゼロ年代の幕明け。つまり本作には80年代の青春がつまっているわけで時代からスライドした今だからこそ風俗資料としての価値はある。四畳半にベッドとステレオを置いたら隙間に体育座りするスペースしか残らなくても満足だった当時の若者のインテリア感覚。コンビニの店長の制服が店名のロゴが無数にプリントされた不様なジャケットだったのも本作で思い出した。歌舞伎町の殴られ屋などという珍商売に代表されるように賃金を得る以上は何か格好悪いことをするものという常識を若い世代も受け入れていた時代であった。著者の作風には地方出身者やゲイ描写に関して現在ではNGなものも多い。生活のために自ら道化を演じている人物を他人が物真似するのは不謹慎という常識は今では広い世代に受け入れられつつある。その人の容姿も性もその人自身のものだから外からこずき回すようなことはするなという主張はもっともだと私も思う。が、地方出身者やゲイを笑いの対象にしていた往時の若者は自分たちには物笑いの種にされない無限の可能性があるような幻想を何によってもたらされていたのか。バラエティ番組は連日明け方まで放送されて駅近の喫茶店ではトースト食べ放題というだけの景観に何でもあるなどと小躍りしていた自分の心理が今となってはどうもよくわからない。朝吹ケイトのどこがそんなに魅力かと改めて思い返してもわからない。ナオンが今やわからない。