痛いの怖けりゃ世界も怖いんである

2月11日は家主のエイチと久し振りに池袋周辺で会ってトグロを巻く予定。さすがにもう私の大四畳半に日がな一日入り浸れはしないよう。かってはこのウナギの寝床に男二人どうにかこうにか寝泊りしてたことが夢のよう。大学でも毎日顔を合わせ話し合った帰りには長電話を交わしたり手紙のやりとりをしていたのは若き日の寺山修司山田太一さながらながら。我々の当時のおしゃべりは寺山・山田コンビのその内容にくらべるべくもない低次元なものだったと思う。
6日の晩にTBSラジオの『談志の遺言』を聴いた後のニュース番組も何となしに聴き流していたが。その中で渡辺和博の病死を初めて死った。肝臓ガンだとは聞いていたんですがと語る司会者の口調ではそのことは一部では以前から知られていたようなニュアンスだったが。ナベゾの小康状態は一部にしか知らされず赤塚不二夫植物状態は一般女性週刊誌に報道されてしまうのは。死亡記事についてのGOサインの出る出ないはそのタレントの格だと思えばそうでもないような。よめきんトリオのKINYAのガン報道などは本人も取材に協力的なのだということが伝わる分やるせなかったが。ナベゾはもう永くはない自分をマスコミのネタに献上するタイプのタレント性を持ってはいなかったとは思うが。
ありとあらゆる風俗文化に対して低血圧な論調を決して崩さず身もフタもないコメントを寄せるというナベゾの芸風を思えば肝臓ガンだって充分ネタ化できたのかも知れない。でもそういうのもウンザリあるからぼくは止めとくよということだったのか。ナベゾの死は淋しい。その淋しい死は宿命的なものだったのかと今は思う。今は思うがナベゾ様のトレンド・ルポと題された『写真世界』89年6月号のコラムなぞ読み返してみて気づいた。
ナベゾが一番元気だった頃はそれを追いかけている自分も現在充分元気で八十代位の老人になってもまだ結構元気で相変らず低次元な風俗文化に嬉々として首を突っ込んでてそれが相変らずなかなかに楽しいのだろうとなと。そんなことは全然無いと思った方がいいと思うよとナベゾの訃報はメッセージしているような。
そんなことは全然無いと思った方がいいのだ多分。アメリカの年寄りみたいな不気味なまでに明るい老後は平均的日本人にはやってこないし平均以下ならもっと悲惨なものになるのでしょうなと他人事のように今は思うが他人事のわけがない。古本屋の棚に80年代の『写真時代』がずらり並んでたりするとそれを処分した人物の結納金なぞ思う。