トリスで乾杯する戒厳令の夜である

5月21日、ラピュタ阿佐ヶ谷にて『おーい中村君』(58年 大映東京)を観る。主演、川崎敬三川崎敬三のズッコケサラリーマンのライバル役として田宮二郎が出演しているがクレジットには柴田吾郎とある。田宮二郎の駆け出し時代の芸名が柴田吾郎なのか知ら。柴田吾郎のままだったとしたらずっとサブキャラ中心の地味な俳優でやり通せたような。柴田吾郎は地味で安全パイな印象があるが田宮二郎は何か危険な賭けから逃れられない感があるような。田宮二郎でいこうかと決断した時の心境はどんなものだったのか。
『おーい中村君』は若原一郎のヒット曲に当て込んだ歌謡映画である。こうした映画によくあるように若原一郎もちょこちょこ出演している。川崎敬三と柴田吾郎の行きつけのスナックのバーテンダー役で。しかし昭和三十年代のスナックであるからカウンターと小さなテーブルが並ぶだけの暴力バーのごとくチープな店構えなのだが。映画のセットですらこの安っぽさであるから当時の平均的サラリーマンは一体どんな所で飲んでいたのかと思う。こうした誰しも荒くれ然と生きていた時代を知っている世代の中高年層というより老年か、同じ老年でも荒くれ丸出しのままだったりまったくそれを感じさせなかったり差異はあるけれども。川崎敬三や柴田吾郎と同世代でいい歳の取り方をしている男なぞそうはいないと思う。
本作の若き川崎敬三と柴田吾郎が魅力的かというと今はそれほどでもないかもしれない。が、当時としてはピカピカの映画スターだったのかと。スーツ姿のキマり具合も当時としては抜群だったのではと。当時の平均的サラリーマンのほとんどがスーツがスーツに見えないようなていたらくだったのではと。昭和三十年代はあまりレトロ趣味的スポットがあたりにくい時代であるが見ようによっては戦中戦後以上に貧乏臭い時代であることがその要因かとも。
『おーい中村君』に登場するサラリーマンの様子は何やら会社ごっこ然としてどこまでも無内容である。が、当時の平均的サラリーマンの日常も恐らく無内容な会社ごっこであったような気もする。この時代までの日本はタイやフィリピンと大差ない社会ではある。しかしこの後の高度経済成長が訪れるべくして訪れたのか『おーい中村君』を観ると疑問に思えたり。もしかしたら高度経済成長も東京オリンピックも訪れなかったのかもしれないような気がしたり。タイヤフィリピンと大差ないまま50年がたったもうひとつの日本社会でなら川崎敬三も柴田吾郎もピカピカの映画スターのままでいられたのにとも。