相談相手といっても以前から関係は

10月22日、『珈琲時光』(03年松竹)を観る。監督、侯孝賢小津安二郎生誕100年記念作品として松竹が配給している本作は認印付の小津映画へのオマージュといった感も。一青窈が映画初主演に挑んだ主人公の陽子はフリーライター雑司ヶ谷の安アパートで狭いながらも小洒落たシングル生活。シングルながらも台湾に住む恋人の子供を妊娠しており母親べったりのその恋人とは結婚するつもりはない。浅野忠信演じる古書店主の肇はそんな陽子の相談相手と公開時の予告やプロモの中では描かれてたような。あらためて本作を観ると妊娠してることは「妊娠してるの」「えっ、妊娠してるの」などとあっさり告げるシーンはある。が、それきりっちゃそれきり。その後突然陽子のアパートを肇が昼間に訪ねて何か必要なものはあるか昼飯作るよと寝間着で布団に横たわる陽子の膝元くらいの距離までもぞもぞ近寄る場面。相談相手といっても以前から関係はあったと思えば不自然ではないが。そう思えば「えっ、妊娠してるの」のぎこちなさも分かる。兄貴面でたしなめるわけにもいかず放っておくわけにもいかず何となくズルズルと面倒をみるような。神田神保町古書店の2代目主人である肇の元にはある日いきなり押しかけて交際を申し込む女性ファンもいるという設定。財産目当てだろと近所からは噂されていたり。そんな財産があるのかと思って観てると終盤で肇は集音マイクに密閉式ヘッドホンを装備してJR各駅の音の風景を採集している。昼の日中にそんなことしていられるのだからけっこうな財産持ちなのかもしれない。が、それを浅野忠信が演じてるところが微妙というか。けっこうな財産はとっくに自身の手の届かないところにあってやけくそでスノッブな遊民を装っているだけにも見える。となると陽子が肇にすっかり頼りきらずにしたいことはさせているようなまた微妙な寄り添い方も何だか分かる。金持ちのような貧乏のような将来性あるような全然ないような男女の奥歯に物のはさまったような対話は小津映画にも多々あった。あったがそれらの台詞は一語一句はっきり聞こえた。本作の一青窈浅野忠信の台詞してないナチュラル過ぎるやりとりは同世代の若者なら大体何を言ってるか分かるくらいのボソボソ調。100分まではボソボソで引っ張ってラスト3分にガツンとパンチラインがとも思ったがそれもない。何だい気取ってやがると怒る気にもなれず。改装前の大塚駅前や有楽町の喫茶店ももやが登場しただけで私なぞ充分ホロリとさせられしもうこんな映画は二度と作れないのは間違いないわけで。