そのアットホームな様子にほっとする

2月9日、新宿K's cinemaにて『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』(15年 シネフィルム)を観る。監督、遠藤ミチロウ。本作は11年3月初めに遠藤ミチロウの還暦記念ライブツアーを収録したDVDの中のミニドキュメントとして制作開始されたもの。ところが撮影を始めて間もなく東日本大震災があり事態は急変する。福島出身で実家には87歳になる母親がまだ生活している遠藤ミチロウ。このまま自身のライブDVDのおまけ映像をあっさり撮り続けて終わりにするのはどうかと考える。のちにこの状況を本格的な劇場公開作品に収めようと決意し監督を引き受ける。震災と原発と郷里と母親。これまで正面から向き合うことのなかった自身の足元を見つめ直し描いた本作の基調は意外に淡く暖かい。ザ・スターリンの復活ライブ冒頭で元メンバーのTAMの悲報を告げるミチロウ。若い観客も若いメンバーも正直とまどう。それでも「今日は思いきり楽しんでくれ」と『ロマンチスト』のイントロが鳴れば会場は明るく朗らかに沸騰する。彼等にすれば82年にメジャーデビューを果たしたザ・スターリンのオリジナルメンバーなぞ教科書の中の歴史上の人物同様かもしれない。それで結構といったミチロウの開き直りにデビュー時から変わらぬたくましさを感ず。実際肉体的にも精神的にも30年前と変わらぬテンションのライブパフォーマンスには舌を巻く。幾多の同窓会パンクとは鮮度がまるで違うミチロウの若さの秘訣に迫るインタビューシーンも随所に登場するが。私がなるほどと思ったのは旅すがらミチロウがぼそりと語った「一人でぼんやりしてるのが好きですからね。結婚願望もないし」という心情。私が以前一度だけ街で見かけた遠藤ミチロウは山手線の車内で奥さんらしき女性に社交面の何やかやで怒られしょげ返っていた。新生STALINを起ち上げたばかりの頃だったか。ミチロウが奥さんに怒られている所なぞ滅多に見れないぞとさりげなく私は二人の背後に忍び寄り聞き耳を。どうやら打ち上げの飲食費を招待客以外の分も払わされて大赤字じゃないのといった理由でミチロウは怒られていたのだが。私がバンド時代のミチロウよりもその後のフォーク歌手に回帰したミチロウをより支持するのもあの時のしょげ返ったミチロウの姿に心打たれたせいかもしれない。結婚願望はもうないと語るミチロウには今では行く先々に家族同然の歌仲間たちが待っていてくれる。そのアットホームな様子にほっとする旅情あふるる快作だった。