飲食中の上映は速やかにである

 おせんにキャラメルまでは行かずとも映画館の休憩時間に売り子が客席を回り歩いていた様子を憶えている私は結構な年なのだろう。万博うっすら憶えてる世代。映画もイヴェントであった。指定席を電話で予約して千葉の生家から車で新宿まで出向いた記憶がある。手塚治虫の「クレオパトラ」を。題名は「クレオパトラ」では無かったかも知れないが虫プロのミュージカルアニメで内容はクレオパトラものであった。

 映画館の売り子は90年代の初めくらいまで残っていたのではないか。売り物は固形バニラソフト一本になっていたがまだあるんだと感心した記憶がある。その頃はスティーブ・マーチンのコメディを好んで観ていたから多分90年代に入ったばかりの頃だ。その後売り子は姿を消した。が、まだ固形バニラソフトだけは売ってんだと感心したのが下高井戸シネマ売店で割りと最近のことである。映画館でしか入手できないスナック類は大方マズイものである。しかしマズイと知りつつも何故か食べたくなる。マズイばかりか値段も高いのについ食べたくなるのだ。旧文芸座のノンブランドのポテチなど舌が切れそうに硬くやたら塩辛かったがどうしても食べたくなったし大概食べてしまっていた。映画館のスナックとはまるで後進国の屋台である。マズイは高いは体には悪いはいいこと無しと知りつつもその場に足を踏み入れたら最後手を伸ばさずにいられないのである。

 で、そのような誘惑に負けていざ着席しポテチをむさぼっても映画が始まらないことがある。映写事故である。ごくまれにものすごく意味深でドラマティックなブツ切れ事故に立ち会う。内容よりも事故に感動したりもする。急死した俳優の追悼上映のオープニングとか。そうした場合はともかく、ただのんべんだらりとなかなか始まらぬ映写事故はつらい。まだ十五年くらいまでは「どうしたコラッ!」などと映写室に怒鳴るオジサンもいたが最近はもう見ない。あのオジサンは「スターどっきり丸秘報告」のコラオジサンだったのかもしれない。仕込みだったのかも。他の観客が暴れださぬように行儀の悪いのも居るねと思わせる仕込みを一人送り込んでいたのかもしれない。支配人のサル知恵で。

 それはともかくマナー以前の迷惑行為として私の記憶に残る男が一人いるのである。今からやはり十五年程前。有楽町スバル座にてジム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を観に行った時のことである。隣のカップルの男の方が上映中にレギュラーボトルのウィスキーを水のようにグビグビやっていたのである。ザンパラだからって。当時人気のストリート・スライダースのハリーのようなチンピラムードを自己演出してらっしゃったのである。が、スライダースが別にチンピラじゃなかったのと同様その男もただの大学生だったらしい。映画の半ばくらいにはコンパで死にかけてる途中まで面白げだった男のごとくヒィーヒィーうめきだしたのである。連れの女がどうするの帰るのと問い質しても帰りたいよな帰りたくないよなグズリっぷりで全くその場は居酒屋のトイレと化していた。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」的生活は日本の若者には無理なのではないかと思った。気ままにいい夜は日本の若者にはやって来ないものと。今もそう思っている。スライダースにもあの大学生にも。でも健康なほうがいいよ。