クールな恋は無論ワンクールである

 10月29日、毎月末の金曜日の夜には澁谷ガボールにて、佐々木亜希子の活弁シネマライブがあるはずなのでいそいそ出かける。ジャニーズの追っかけのごとく毎日美容室に行ったり、シャツやパンツを新調したり。ま、ドレッシーに。だって彼女のライブに足を運ぶ以外にドレッシーにする機会など私の今の生活に皆無。誰にも格好つける必要の無い暮らし向きに身を沈め過ぎたからな。亀有名画座でコロッケかじってりゃシャーワセだった20代後半はもう忘れようと。古典映画に詳しい艶っぽいガールフレンドと月に一度はシネマデート。亀有商店街のジャンボコロッケと言わずお洒落なドリンクや料理もぜひ。入場料2500円で10年前の自分とは雲泥のドレッシーな夜が手に入るとはな。と、寅さんばりに只のおっかけである立場を忘れ活動弁士佐々木亜希子を見守り続けたこの半年間だった。だったですよ。
 その夜、ガボールはいつも通りのカフェバーに戻っていた。前回にフライヤーも口頭での予告も無かったのでもしやとも思ったが。「これからも無声映画をよろしくお願いします」とペコリと頭を下げた女史の胸中は。活弁シネマライブがこの会場では二度と開かれないことが決定した訳ではあるまい。が、ひとまず休演ということなのか知らん。ここ一年以上は順調に定期ライブを行なってきた小屋と次々に縁が切れてしまったということになるのか知らん。只のカフェバーに戻っていたガボールの前に約30秒立ちすくみ私は歩き出した。心のスクリーンにはエンドロールが。パープルシャドウズの「小さなスナック」が流れ始めていた。レギュラー二件を失った時期と私が通いつめた時期とが重なってしまったことは私にとって幸せだったのか不幸せだったのか。んなことよりも私が彼女にとってとんだ疫病神と言えますまいか。
 「これからも無声映画をよろしくお願いします」というラストメッセージの真意は。私はまたも手前勝手にこれからはあたしだけじゃなく無声映画全体、シーン全体をフォローして欲しいものだわと解釈していた。ひいては門前仲町で半世紀に手が届く歴史を持つ、無声映画鑑賞会の方に私をエスコートしてくれてるものと。門前仲町ポシャらせたら本当の疫病神だわと。来れるものなら来てみなさいと。じゃ行こうかなと。いや、足手まといもこの辺にしておくべきか。この半年間正直いい夢見させてもらったのでは。地図に示した会場が見つからず走り回る内にTシャツが汗だくになり、コンビニで着替えして開演直前に駆け込む場面もあった。はて、そのスチールは何処。