全てが黒光りしヌメりだすんである

 「どうも、根岸吉太郎です。こちらにおられるのが最近話題の岡田裕プロデューサーでして」で、会場笑いと。案外呑気なんだ当人達はと私はホッとしてしまった。ラピュタ阿佐ヶ谷にて脚本家内田栄一特集があり、「妹」の上映前に根岸、岡田コンビがトークショーに出演する。と言う告知を見た時はそんな恐喝騒動の最中にある人物らを舞台に上げて大丈夫なのかと私はブルった。何かゴタついてもそのときはその時ということかとも。やっぱ中央線沿線だけのことは。自分の身は自分で守れか何かとも。
 しかし当日の会場は和やかムード。岡田プロデューサーも三十年前の仕事だから今さらこぼれ話も何もねえと弱りつつも終始にこやかに語ってくれた。「あの頃根岸はもうチーフ助監督くらいまでいってたんじゃない」と問う岡田氏。「まだ全然ですよ。カチンコ打つのにもピーピー泣きそうになってましたから」と根岸氏。へえーと岡田氏。二人とも舞台用のドーランを塗っているような浅黒いテカテカした顔をしている。うんと健康にもその逆にも見える。そしてそんなことどうでも良さそうなところが不敵に格好良い。
 藤田敏八秋吉久美子も当時の自分にとってはスターだったのに撮影所には同じ路線バスで通ってる現実が不思議だったと根岸氏。その路線バスが当時としても旧型のボンネットが出張った木炭車みたいなボディーだったとか。そのバスの中でポックリ型のサンダルを脱いで片手にブラブラさせながら吊革につかまっていた秋吉久美子が忘れられないとしみじみと。なんだか最新作のプロモーションじみているがまだ公開中にも関わらず宣伝めいたことは両氏ともひと言も。「透光の樹」の大ヒット上映中というCFはまだ観てないがどうなんだろか。五年間も流れ続けてやっと公開された難産だけにもう何も言いたくないのかもしれない。トークショー目あての若い女性客などもチラホラいたので皆「透光の樹」は観たのかも。「あんまり内田さんの話してないじゃない」と岡田氏はでもまァいいか風にボソッと。ただ、藤田敏八は70年代に花開いた監督で再映しても客は来ないという興業界の定説を今日の満員のお客さんたちが破ってくれて嬉しいとか。翌日の「バージンブルース」も満員だった。それもノスタルジーに駆られた40代50代の中高年層ではなく若者中心に。昨今の若者のナーズ化急進と関係あるのかしら。その日暮らしのフリーターどころかその日をどう暮らすかも考えたくないスッカラカンな若者層のバイブルが70年代の藤田敏八なのか。何がどうダメだっていうのよと。利用するかされるんか。