酒気をおびた人からご入場である

 フィルムセンターにて映画女優 高峰秀子(2)「永遠の人」(61年松竹)を観る。ここ最近フィルムセンターの上映は平日の回でも行列ができるようになってしまった。普通の家庭の主婦層がドッと増えた感が。どこかの奥様番組か婦人雑誌にでも紹介されたのだろうか。以前は普通の家庭の主婦どころか家庭の無さそうな人、家屋の無さそうな人が吸い寄せられるように集まったその筋のメッカであった。そういう人達が戦中、戦後の記録映画や無声ニュース映画などにジッと見入りつもイビキをかいたり寝屁をかましたり死ぬんじゃないかと思うほどゼイゼイ咳き込んだり。そのような空間にポツリと身を置く己のちんちくりんな有り様にエレジーを感じたり。そんな風にして観るものでもなくなりつつあるのだろうか日本映画は。日本映画なんてジャンルはもう存在しないんでねと語ったのは「マックス・モン・アムール」をプロモーション中の頃の大島渚である。フィルムセンターのような邦画の博物館が後々取り上げてくれるような作品を国内だけで作ることはもう不可能という意味なのか知らんと私は解釈したが。
 映画女優 高峰秀子は看板からして大学出の中高年主婦向きである。インテリ女性の役もいくつも演じている。が、ドブ板踏んで生きていく無教養だが強い女の役も数え切れないくらい演じている。70年代のなかばには東京の古い地名が突然バタバタと変更させられた。その当時には「嫌なものは嫌なんですよ」と市民運動に立ち上がったりして素顔はやはり町っ子なのだ。
 どちらかと言えば終映後メッカを出たら、そのまま日比谷公園で酒宴をおっ始めそうな浮浪客層に囲まれて観たかった本特集である。「永遠の人」の作中では音楽・ホセ徳田とクレジットされていた人物は当時売り出し中のギター奏者だったのか。情熱的なフラメンコギターをかき鳴らしつつ歌い上げるその歌詞は物語を段落ごとにダイジェストにしたもの。やがて二人ィ〜はァ〜などと熱っぽく弾き語るこのスタイルどっかでと思えばまんま堺すすむ。が、これは堺すすむがホセ徳田を勝手に継承しているのか。ホセに限らず60年代初めには良くある効果の付け方だったのか。木下恵介作品の60年代における観られ方など今ではうかがい知れぬ。今観れば噴き出してしまうような演出に当時の観客はボロ泣きしたりスクリーンに声をかけたりしたかもしれない。その辺のモザイクな部分にハタ迷惑なくらい分かりやすい物差しを当ててくれるのがあの浮浪客層なのだが。何となくシャクに触るから今度一人で声かけちゃうか。座長!座長!って。