後の松井秀喜ではないのである

 ラピュタ阿佐ヶ谷にて「嗚呼!!花の応援団役者やのォー」を観る。76年の日活作品である。当時の私は小学三年生か。役者やのォーという流行語は何となく覚えている。卒業後も団員をシゴくのが楽しみで顔を出すOB役のなぎら・けんいちは丁度イッポンでもニンジンを発表した頃ではないのか。「およげ!タイヤキくん」とのカップリングで一大ヒットした「イッポンでもニンジン」だが。当時金回りの良くなかったなぎらはヒットも予測できず印税を拒んだのでは。替わりにいくばくかのギャラを前渡ししてもらえばお金の話はもうしないと希望してそのようになったはずである。つまりデカイ魚を逃した直後であったのだ。そう思うとあのシゴキに狂ったOB役での怪演ぶりも納得できる。あと一歩で生まれて初めてのヒットをモノにできたのにという怨念がそのまま演技に生かされているよう。実際ヒットはしたのだが実入りは雀の涙であるという憤り。そしてハゲづら。なぎらはハゲづら着用で演技している。ハゲづらの下は当時どんな状態であったのか。当時すでに脱毛し始めていたのか。自爆ギャグとしてのハゲづら着用であったのか。いずれにしても精神面でのダメージは見返りのない大ヒットを飛ばしてしまったことだろう。が、もしもなぎらがこの時の印税をガッポリ入手していたらどうであったか。怪優として注目されることはなかっただろう。バラエティー番組にひっぱりダコにもならなかったろう。一発屋のまま忘れ去られてスナックのマスターになっているような展開の方が。なぎら・けんいちの店。やはり葛飾か。雑居ビルの地下一階。店は営業しているのに新聞請けには何週間分もの新聞がたまっていそうである。サビた鎖につながれた犬の首輪がありカン缶の中にビタワンが盛られているが犬はいない。ヌードカレンダーにソースのしみが。カウンターにいつか誰かがひっくり返すに違いない金魚バチが並ぶ。中にマリモが。マリモの死骸かもしれない。オレンジ色の14型テレビが点けっ放し。客か従業員か分からないおばさんがソファーで寝ている。顔はなぎら・けんいちに似ている。メニューは天井からぶら下がったひょうたんに手書き。古いものは毛筆で書いてあるが段々面倒になったのか途中からマジック書き。酔客がふざけてかぶせたコンドームはそのまま。カラオケセットの上に救急箱。大入りなどと訳のわからないステッカーが。デビュー当時の白黒パネルとギターが飾られた棚に小動物のフンが。ギターの中に何か巣食っているらしいが、ネズミにしては大きそうだが猫にしては小さいような。誰もギターの中をのぞく勇気はない。なぎら・けんいちはその店で「イッポンでもニンジン」を歌うか。割とあっさり歌う。イチゴニンジンサンダルヨットとカウンターの上を軽快なステップで小躍りしながら。しかし目は笑っていないのを歌手時代からの親友で常連の客だけが知っている。男が便所に立つと同時になぎらの歌声もエコー、フェイドアウト。画面赤抜き。完。