違いのわからない男のはじまりである

 エイチみたいに生まれ育ったいえと結婚して移り住んだ家とその後新築した家が全て一地方都市の中に点在している例は珍しいのではないか。都営三田線の果ての果てに高島平といいうミニマムな都市がある。駅周辺をプラッと一回り歩くとわずか数百メートルほどの半円の中に病院も学校も工場も火葬場もあることに気付く。つまりひねくれた根性の持ち主なら生まれた時から死ぬるその時まで己はこのミニマム都市から一歩も出まいと思えはそれは可能ということである。70年代のジュニア向けSF小説の世界である。エイチの半生もそう思えばSFチックだ。が、正常な人々の心の奥庭には誰しも生まれ育った生家である思い出の中の「あの家」がある。
 私にとっての「あの家」は千葉県の片田舎にある。といっても最後に「あの家」を訪ねたのは20年前の18の時。大学入学手続きの為に本籍のあるその地の役場から何がしかの書類が必要で一人帰郷したのだ。私の「あの家」はまだ残っていた。富山堂本舗のセールスマンが年に二回お元気ですかと訪ねそうな家ですわ、いかにもあの時代の。20年前のその日訪ねた「あの家」には何代目かの住人がいた。廃墟であれば闖入し涙がチョチョ切れるような思い出の品々を持ち去ることができたかもしれない。テイチクレコードから発売されている「TV特撮ヒーロー・グレイテスト・ヒッツ」を聴きながら、あの日と何ら変わらぬ様子で暮らす家族らと対面できるような気になるのだ。
 60年代なかばから70年代初頭を中心に編集された特撮ヒーロー番組の主題歌集である本作には一つひねりが効いている。それは通常のこうしたなつかしものが避けてきたあの時代だから通用した公認のバッタ盤をあえて収録した点である。一応はプロダクション公認としてジャケットにはミラーマンアイアンキングが使用されている。が、歌と演奏は全く聴いたこともない専属歌手が軍歌でもうなるように吹き込んでいる珍品。当時は珍しがる余裕もなく呆気に取られていたこうしたレア録音にスポットを当てて好評の本CDなのだが。私はひとつ気付いた。本CDのなかで味のあるバッタ盤として選曲されたッシルバー仮面(TBS系71年)の主題歌である「故郷は地球」のグリーン・ブライトの歌と演奏は私の幼少の記憶によれば本命盤なのだ。当時私はこのグリーン・ブライト版の「故郷は地球」をくり返し愛聴していた記憶がある。つまりダマされてることにすら気付いていなかった販売元にとって一番歓迎される良いお客だったのだ。ちなみに本当の本命盤は柴俊夫、ハニー・ナイツの歌と演奏による「故郷は地球」である。本CDにボーナストラックスとして収録されているその本命盤を聴くとなるほど違う。やはりグリーン・ブライト版には泣きじゃくって親につかみかかり本命盤を新たに買いなおすくらいの意地を通した当時のわんぱくだけが今じゃIT社長か何かに、ねえ。や、多分そういうことだと思いますわ。グリーン・ブライト確かに子供向け番組の主題歌にしてはあ声もジジっぽいし。なんで当時気付かなんだか。情けない。情けないのですけども。今度また「あの家」をぶらりと訪れるときにはCDウォークマンの中に本CDを。そろそろ生まれ育ったおらが町の空気に鼻孔がむずむず反応し始めたその時。一曲行きましょう、グリーン・ブライトで「故郷は地球」。バッタ盤でボロ泣きできる社会主義肌の38歳自称小学生。