半笑いで神格化された夜なのである

10月14日、ラピュタ阿佐ヶ谷にて「映画監督 松林宗恵―和尚・海軍士官・映画監督を生かされてー」『恋の空中ぶらんこ』(76年東宝)を観る。客席中央に座っているのは映画監督、松林宗恵その人であった。
本特集に私が足を運んだのは二度目である。前回、『夜を探がせ』(59年東宝)を観に来た時も松林監督は客席にいたのだが私は監督についてほとんど何の予備知識も持っていなかった。たまたまその日の夕方から体が空くことになりラピュタにふらりと足が向いたので映画は何でもよかったのだが。
手元のパンフにはー和尚・海軍士官・映画監督を生かされてーと題された本特集は追悼特集なのだろうなとつい思ったのだ。昭和20年代から映画を撮り始め生家は浄土真宗寺院。海軍予備学生として学徒出陣。復員後に新東宝へといったキャリアをちらりと見やるだけでも自然とそう考えてしまうと思うがそうではなかった。
「本日、松林監督がご来場されてますので一言お願いしたいと」などと係員のマイクを受け取り会釈した松林監督はその時私の目前数10センチ程の場所に立ちいやどうもとコメントし始めたのだ。つまり私がその時何を感じたのかといえば追悼特集かと思い込んで本編99分をしみじみ観劇したその数10秒後に故人であると思い込んでいた映画監督、松林監督がひょっこり現れたズッコケ感というのか。
1920年代生れの松林監督は今もお洒落で元気そうで何よりだが。会場全体にも暖かい拍手と笑いと皆それぞれの体温のようなものが沸き上がっていたような。「自分でもよくこんな活劇を撮ったなと」今頃おどろいているらしい『夜を探がせ』は鶴田浩二主演のアクションドラマである。『恋の空中ぶらんこ』の方は林寛子と草川祐馬のコンビによるサーカス団員同士のラブコメ劇か。監督自身の長い長いキャリアの中ではこれも自分でもよくこんなもの撮ったなと思える小品のひとつかと。ただ自分でもよくこんなもの撮ったなと思える作品がいくつもあるほど今日まで仕事を続けてこられてそれらを偶然こうして集った「皆様方と御一緒に」今になって観返せることは幸せかと思うとというようなことをその時監督はぼそりと語った。
客出しのきっかけがつかめず苦笑しつつ「ま、あの、どうぞ(お帰り)」と右手をひょいと上げた監督に再び暖かい拍手と笑いが。私は思った。今この暖かい拍手と笑いを送る人々の何割かは私の様に松林監督について何も知らずふらりと来場してっきり追悼特集と思い込んだまま行きがかり上拍手し笑ってやがるのではと。清算不可能なこの罪悪感。