遠回しに勧めても肉じゃが、シチュー

4月8日、DVDで『カレーのにおい』(2010年・アートポート)を観る。アートポートには青春Hシリーズという若者向けライトポルノのレーベルのようなものがあり本作はその第4弾だそう。私が本作を知ったのは昨年末に黒沢明特集を観に行ったフィルムセンターにそのチラシがあり今どき無いくらい骨太のエロ映画なのかと思ったのがきっかけ。
主人公の男は街の不動産事務所で働く草野マサムネ松田洋治を足してどうかしたような若年寄。仕事がらみで知り合った複数の女性と交際している。が、男にはある性癖がある。交際相手の誰もが知っていて別に不思議でも何でもないと思われているが客観すれば異常なその性癖とは「君の作ったカレーが食べたい」こと。男女のことより手作りカレーを食べさせてもらうことの方が目的で女たちを求め続けるこの男。
冒頭までで一等可愛がっているのはカリーレストランでバイトする少し頭のゆるい女子大生だった。が、ある日事務所を訪れた江川美奈子演じるヒロインにぴくんとなり引っ越しまで強引に手伝ってそのまま関係を持つ。しかし理想に近いと思われたその女は「カレーはあまり好きじゃない」のだった。遠回しに勧めても肉じゃが、シチューなどでお茶をにごされ不満をつのらせる男。同居人と食べ物の嗜好が合わない苦しさ、やるせなさなど私はこの先味わうことができるだろうかと思った。
中島みゆきの失恋ソングに心酔する男女はそもそも恋愛したことがないという仮説も思い出した。歌謡とはそんなふうに人生からあぶれた弱者のこころのセーフティネットだと私は思う。青春Hシリーズが青春知らずの若者にとってそのようになるかどうか。江川美奈子の隣のお姉さん風のタレント性は青春Hに似つかわしいと思う。男に拝み倒され嫌々作ったトマトカレーを邪道だと吐き出された事件をきっかけに二人は別れる。が、別れのカレーパーティになんだかんだ言って結局現れた男はカレー皿をなめ回しながら号泣する。その様子を半笑いで見ている江川美奈子がいい。エロティックである。汚らしいから止めなさいと言っても止めない動物化した情人の姿をただ見ているヒロイン。豊乳ながらも十人並のルックス。普通のその辺をプランプランしている婦女子の中の鬼畜性を見事に描いている。
そして男もまたカレーだけとは別離できない悲しい結末。本作を観終えて私がなぜか思い出したこと。劇団時代あれは極度のマザコンか同性愛だからと女性団員の間で噂になっていると知り布団をかぶって号泣したこと。一人残らず魅力なかっただけなのに。