あの頃の都会派女性シンガーに近い

11月5日、『サイドカーに犬』(07年フィルム・パートナーズ)をDVDで観る。監督、根岸吉太郎。本作の時代設定は80年代初め。街の景色には今風のワンボックス車など映らないよう配慮されている。駄菓子屋の自販機やガチャポンもきっちり当時の空気感を伝えている。古田新太トミーズ雅椎名純平ら男優陣と子役たちの衣装もエイティーズ仕立てである。が、主演の竹内結子だけがまったくの今風の佇まいで堂々と登場する。
竹内の役どころは妻と別居中の古田新太の崩壊家庭に突然現れた翔んでる後妻志願といったような。初めは恋人関係にあった古田の連れ子たちに「ご飯作りに来た」だけの竹内だったが。次第に古田の愛娘との間に奇妙な友情のようなものが発生してくる。この運びが何やら80年代的な気もしてくる。冒頭で古田のアパートで男衆が麻雀に興じている際に竹内はおい何か作れ、灰皿代えて、煙草買ってきてと小間使い並みに誰からも言いつけられハイハイと聞いてやるのだが。こんな風景は80年代の若夫婦の周囲までは残っていたような。ちょっと頭痛いんだよなとぼやく男の声が暗闇に消え救急車のサイレン音が響くテレビCFは確か東京ガスか。ヴィンテージカーやガンプラを持ち出すだけでは伝わらないエイティーズな家庭像をひねり出すことに本作の根岸組は知恵をしぼっているよう。
「百恵ちゃんの家がすぐ近くにある」から親子連れで夜中に見物に行くというのもいかにもこの時代までの俗物一家ぶりというか。竹内結子にはやはり翔んでる女が似合うのかもしれない。松原みき庄野真代のようなあの頃の都会派シンガーに近い空気があるような。本作の中では清志郎のファンである竹内は「いい事ばかりはありゃしない」をフェイバリットにしているが。安アパートで「サウンドインS」を観ながらくわえ煙草で古田とからみ合うくだりでもあれば。
そういえば本作では誰も脱がないしからまない。けれど子供視線から見た大人の男女の生な現場がロマンポルノの濡れ場のように15分おきくらいで始まる。竹内を前から気に入っていた椎名のことで「あいつと二人だけで逢うなつったろ」とヤンキー丸出しで子供の前でキレる古田の姿にはヒクとなった。幼年期に自分の両親の間に暴力に近いものが見え隠れした瞬間のおののきを呼び覚まされたよう。ロマンポルノ出身の映像作家であるがゆえに壮年期も過ぎればもうアガリかと余計な心配もしてしまったが本作における根岸吉太郎の視点は青年期以前。精通以前のつるんつるんのホットスタッフ。男以前の熱いもの。