エビス本は出せばそこそこ売れる昨今

11月10日、蛭子能収 著『パチンコ 蛭子能収初期漫画傑作選』(角川書店)を読む。本書は漫画家、蛭子能収のデビュー作『パチンコ』を含むガロ時代、つまり原稿料の出ないマニアックな漫画誌にみずから持ち込んで描かせてもらっていた頃の入魂の初期作品を集めたもの。処女作にはその作家のキャリアがすべて凝縮されているというが果たして蛭子さんの場合はどうだろう。73年に『ガロ』に掲載されたデビュー作『パチンコ』の主人公の男はちり紙交換業者をしている。当時の蛭子さんの生業と同じ。雨で仕事は休みなので好きなパチンコに行きたくなり女房と子供には適当に家庭サービスをしておいて早速出かけようとすると運悪くめったに遊びに来ない義姉夫婦がその日にかぎって訪ねてくる。内心今すぐにでもパチンコ屋に飛んで行きたい男は「こうなったら思い切って言った方がよいかもしれない」と義姉夫婦に適当に言い訳をしてパチンコに出かける。まさかのベストセラー『ひとりぼっちを笑うな』の第一章「『群れず』に生きる」の一節を思い出す。「結局、僕はどこまでも自由人で、好んでひとりになりたいと思うタイプなんでしょうね」、「だから、自分が食べ終わったら、すぐにでもその店を出たいというのが本音です」と白状し実際食べ終わるとこれみよがしにモジモジして周囲が「蛭子さん、もう帰っていいよー」と言えば喜んで帰るという大人にあるまじき自由気ままさは『パチンコ』に芽吹いていた。その後主人公の男はデパートをさまよい歩き都会の空にいつのまにか日が照って同業者のちり紙交換のトラックが車道にあふれているのを見る。「まるで遊んでいるのが僕一人のような感覚」に襲われるもふたたびパチンコ屋をめざし歩き出す。結局パチンコを楽しむところまでは描けずじまいで物語は終わるのだが。身銭を切ってタダの原稿描いていた当時の蛭子さんは40年後にはその身勝手な人生論をベストセラー化し俳優、タレントとしても活躍するとは思ってもみなかったはず。エビス本は出せばそこそこ売れる昨今の傾向に今こそ乗って“これがちゃんと描いていた頃の蛭子漫画です!!と世間にその真価を問いかけたい気持ちもわかる。私は
本書に収録されている初期の蛭子漫画のいくつかを青林堂の単行本で入手していた。が、蛭子さんがテレビで売れ出すとそれらのマニアックな値打ちも薄れた感から処分してしまったのだ。実際は逆にレア化していたのに。ちゃんとしていなくとも気づけば大御所扱いされていた蛭子さんの実像を問い正すまことに面倒くさい最終期限が迫っているよう。