その心の原風景はいつもとちがって

11月5日、赤塚不二夫 著『天才バカボン㉑』(竹書房文庫)を読む。本作は『週刊少年マガジン』に76年5月から12月まで掲載されたもの。コミック版『天才バカボン』の最初の最終回が読める。連載自体は67年4月に開始しており実に10年近くも週刊ペースでギャグ漫画を描き続けていることになる。当然アイデアも出尽くしたはずだが冒頭の『命の恩人大騒動なのだ』の回には声に出して笑ってしまった。命の恩人であるバカ田大学の先輩から預かった愛息のわがままに振り回されるバカボンのパパが「おまえのヘアースタイルが気にくわない‼ パーマをかけろ‼」と命令されてパーマをかける。「わらうやつは殺すのだ‼」と激すパパのパーマ姿が妙におかしい。連載10年を目前にまだバカボンのパパにパーマをかけるとおもしろいという発見にたどり着けるギャグ作家としての業の深さにおののく。90年代初頭、落語家の桂枝雀が『EXテレビ』にて笑いについて講義した際、笑いとはおかしいことだと語っていたが。赤塚不二夫が幼少期を過ごした旧満州には生活エリアに処刑場があり生首が並ぶ様子を見ているという。その心の原風景はいつもとちがってどこかおかしいことの極限といえよう。本作の全篇にわたって連発される「‼」は殿山泰司のエッセイにも再々登場する。これも70年代半ばの新宿文化のひとつか。何となくWピースやWライダーを連想するがシングルよりダブルの方が要はカッコイイというだけならばまだ牧歌的で子供じみた時代だったのかと二段ベルトを想う。気になっていた最初の最終回は『先輩の家を訪問するのだ』の回だが。これが同じ設定と同じ展開で5週連続5パターンもある。結末のちがう娯楽映画を数パターン作って実験的にサーキット上映してから一番人気を正規版にするハリウッド商法を著者自身が取り入れたのか強要されたのかは私には読みとれなかったが。「こりもせずにバカ塚もよくやりますね‼」というパパの台詞には引退試合のほがらかさのような空気も感ず。最終巻にはバカボンのパパと問題児の格闘という設定が繰り返される。「問題児」にはもはやトップランナーとは呼ばれなくなった自身への焦りが込められているよう。自分の漫画はもう古いのかという考えにとらわれ始めると丸一つ描けなくなっちゃうと語っていた手塚治虫の心境に近づきつつあることを円熟味のごとく修正するのは最後まで拒んだ著者。その殺気立つほどの照れが令和バカボンには残されなくとも勿論これでいいのだ。