もう二度と魅せられたくないんである

「もしもし、あら、宮本亜門さんですか?」
郷里の母親が時折電話口でかましてくる定番ギャグである。宮本亜門のような世界に羽ばたく舞台演出家になる夢を私が抱いていると思い込んでいるらしいのだ。二十代なかばにアングラ劇団に首を突っ込んでいた時に公演を見せてしまったことがあるので、今もその延長でブスブスくすぶっていると思っているらしい。軽演劇の舞台人か。「お兄ちゃんのはコメディーよね」とアゴをなでつつうなずかれてもハイハイと調子を合わせていた方が無難である。中小企業の社長で自分史を自費出版して取引先に配布したがっている人物なぞは結構いるらしい。たまたま知り合ったそうした人物と私を引き合わせてゴースト作家デビューを企てた事があってひやひやしたこともある。
加藤登紀子の母上のように創作活動の節目に必ず起死回生のアドバイスをくれることは誓って無い。この母親がもっとステージママ的な野心の持ち主だったら今頃どうなっていただろうと思う。夏目理緒とか愛衣など昨今のグラビアアイドルは母親の後押しであの世界に飛び込んだと知って少し複雑な気持ちになった私だが。ステージママなんてそれこそ美空ひばりの時代から存在したもので今さら感心することもないとも思う。思うが巨乳グラビアアイドルというジャンルの中にたまたま自分ゆずりの肉付きの良い娘を放つ母の姿を想像してブルってしまうんである。放り込まれる子豚ちゃんの方はこれで学校毎日行かなくて済むとか毎日焼肉とか案外喜んでいるのだが。親豚の方はその何百倍もの消費欲を満たす為に日々鼻息荒く売り込みを続ける。その結果が男性誌のグラビアになり写真集になりDVDになりいつの間にかヒト山もフタ山も当ててしまうよう。露出度ギリギリの超ビキニで四つ星ホテルのバスルームにてなにやらほてった表情で身をくねくねと。それ親がやらせてんだからね実際。などと私も宮沢りえの時代から気がついていなかった訳ではない。訳ではないが昨今になってそうしたステージママ現象に急に寒気を感じ始めたのはどうしたことか。恐らく当の私が子豚ちゃんの親豚にあたるソテージママらとそう歳も離れていない現実に対する寒気だろう。宮本亜門さんのような舞台演出家にいつの日かなってしまった私の周囲には間違いなくそうした親豚の群れがよだれをたらして今にも挑みかかってくることは間違いないのだ。その程度の修羅なぞ億万回くぐり抜けているであろう宮本亜門だからこその今回のトニー賞に王手か。その亜門が何故か舞台人としての岡本夏生を評価してる妙。